分析化学との出会い 2nd ステージ

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 さて、筆者の分析化学との出会いは学生時代のイオン会合性試薬の研究にあったことを前回書かせていただきました。筆者の研究を進める過程での感動的なドラマ(?)についても触れてみましたが、唐突な化学式や化学用語が途中を遮ってしまい、うまく伝わっていないかもしれないこと、お許しください。文才の無さを痛感しますね。と同時に記憶を辿れば辿るほどに当時を思い出して文字にすることの難しさを痛感しています。とは言え、私の“分析化学との出会い”については今回で完結させたいと思います。No. 2で登場したエチルバイオレットのことはさておき、筆者のことに戻してもう少し化学の世界にお付き合いください。
 前回投稿したNo. 2(分析化学との出会い 1stステージ)の図2に記した最初のアゾ化合物を基本骨格として、とにかくいっぱい合成してみて、それぞれの陽イオン染料がどんな挙動を示すか?を試してみたくなりました。ピリジン環のN原子を4級化する置換基をいろいろ変化させてみました。例えば直鎖のアルキル基を導入することで、同じく直鎖構造を持つ陰イオン界面活性剤との親和性の向上を期待して、側鎖を順番に長くしたものを合成しました。合成に関しては全くの素人だっただけに、側鎖が長くなれば長くなるほど美しい結晶を得ることに苦労しました。私の実力ではオクチル(C8H17-)までが限界でしたが、それが感動的でした。反応終了後、通常は4級化した化合物は沈殿となって反応液中で析出するのですが、側鎖が長くなるにつれて結晶化が難しくなるのを感じていました。オクチル化では、生成物の結晶は見えないまま、水蒸気蒸留で溶媒を留去した反応フラスコをそのままにしてその日は下宿に帰りました。脇道に逸れてしまいますが、ここから感動の一場面がありました。一晩経った土曜日の朝、誰もいない実験室で筆者がフラスコの中に見たものはキラキラ光る針状生成物ではないですか!フラスコの中を筆者が嬉しそうに覗いていると、なぜか桐栄先生が研究室に入って来られて私の姿を見ながら、「おおっ、きれいな結晶が出ているではないか!良かったなあ」とものすごく喜んでくれました。「わしもできた結晶を手に乗せて嬉しくてよく走り回ったもんじゃった」、「ごたごた理屈を言う前に結晶をしっかり見せてみろ!じゃなあ」。その時、一瞬でも有機試薬の大先生の桐栄先生と喜びが共有できたと(勝手に)思ったら嬉しくて泣けてきました。しかしながら、現実はそう甘くなく、その針状結晶はろ過と共にガラスフィルターの上で結晶の形がもろくも崩れてドロドロになってしまいました。アルキル基が長すぎて空気に触れると結晶系が崩れて、おまけに吸湿して(?)生成物はきれいに単離できませんでした。しかし、フラスコの中では確かにその輝きのある結晶の姿を筆者と桐栄先生には見せてくれました。結局、図2や3(前回投稿:No. 2分析化学との出会い 1stステージ参照)に示した試薬を超える性質を持った新規陽イオン染料は、合成した試薬の数の割には得られませんでした。ここで少し頭と身体を冷却して、若干方向転換、前述の“メタクロマジー”を起こす試薬の条件についてぼんやり考えていました(図4)。

研究ステージ第2ステージは、溶媒抽出をしない陰イオン界面活性剤の定量法にメタクロマジー現象が使えないか?そんな試薬の開発だった。

図4  目指せ!メタクロマジーを起こす試薬の開発

 どれくらい時間を要したかは忘れてしまいましたが、ぼんやりと見えてきました。メタクロマジーを起こす試薬に共通しているのは、「アミノ基(-NH2)だ」。コロイド滴定の指示薬のトルイジンブルーにも、クーマシーブリリアントブルーにもその構造にフリーのアミノ基があります。そして「たんぱく質の塩基性アミノ酸残基と反応して変色を起こす」ことがメタクロマジーの基本でした。という訳で、正しい判断であったかは別にして、抽出用のイオン会合性試薬としてはフリーのアミノ基は不利なので、これまであえてジエチルアミノ基が導入されているものを基本骨格にしていましたが、ここで合成するターゲットの試薬を「フリーのアミノ基が存在する化合物」と考えました。いろいろ合成した中で図5に示す試薬がまずメタクロマジーを、身をもって教えてくれました。
 染料を合成しているとどうしても実験衣の白衣に「色」がついてしまって、とても白衣とは言えないものになることもしばしば。そんな折、またしても大量の染料が白衣に着いてしまって、一度ついてしまった染料は洗濯しても色を消し取ることはできないことはわかっているものの、とりあえず洗面器に洗剤をぶち込んで、ゴシゴシと手洗いをしてみました。すると、なんと白衣についた染料の色がみるみる変わっていくのです。自分が目指しているものは、水溶液系で陰イオン界面活性剤と反応して呈色変化を引き起こす染料だった!とすれば、今まさに染料と洗剤が反応しているのを見ている…、「あっ、これがもしかして目指すメタクロマジー!?」、ということはたった今、合成しているこの染料にメタクロマジーを起こす能力があるということか!そのとき筆者は自身の考え方に若干の自信がみなぎってきたことを記憶しています(笑)。こうして合成ステップを踏んで最終的な生成物(図5)を手のひらに乗せることができて、陰イオン界面活性剤の定量試薬としての有効性を検証しました。水溶液中で陰イオン界面活性剤を添加すると青色から黄赤色への明瞭な呈色反応を示すとともに吸収曲線も変化して、陰イオン界面活性剤標準液を用いた検量線も良好な直線性を示すことが確認できました。

図5  1-(4-N-Methypyridiniumazo)-4-(4-aminophenylazo)-naphthalene Iodineの構造
図6 1-(4-N-Methypyridiniumazo)-4-(4-diethylaminophenylazo)-nsphthalene Iodineの構造

 自分が設計して合成した試薬が、メタクロマジーを起こす試薬であったことに手ごたえを感じた瞬間でした。さらに、合成した図6の試薬は、陰イオン界面活性剤が存在しても色の変化は見られませんでした。アミノ基か、ジエチルアミノ基か、その違いでメタクロマジーの様子が違うとは、ケミストリーは複雑怪奇。しかしこの試薬も使い道はあって、まず、ヨウ化物イオンを添加すると青色から赤紫色に変化し、ここに陰イオン界面活性剤が存在すると青色に戻るという呈色変化を見出して、検量線も直線性を示すことが確認できました。
 実試料への応用を可能とするためには、陰イオン界面活性剤への選択性をさらに向上させる必要がありましたが、時間と能力の都合もあり、一連の筆者の学生時代の研究はこのあたりで幕を下ろすこととなりました。考えたら、3年間で使った分析機器はごく一般的な吸光光度計のみ、時間の多くは反応フラスコやろ過機など合成に係る道具とのかかわりが多かったかもしれません(と言っても専門的な合成屋さんではありませんでした)。今振り返ると楽しい思い出です。おかげで速報も含むとは言え研究室生活3年間で4報の論文が発表でききたことは、今までの筆者の大きな精神的な自信と支えとなったことは言うまでもありません。
 筆者は常に「企業人としてのスタンスが主軸である」ことを一番に考えて仕事に取り組んできたつもりです。その過程で一時的に研究というフィールドにも入らせていただいたこともありましたが、学術界に身をゆだね続けてきたわけではありません。今は、パッシブサンプラーやフローインジェクション分析装置などを主な道具(商材)として仕事を展開しておりますが、個人的な背景は、前回、今回のブログで紹介させていただいたように泥臭い(?)ケミストリー、湿式分析化学が出発点であり、その思考が今もビジネスや研究の原点になっている気がしています。
 ケミストリーを起点に、人との出会いを縁として繋いで、それが有機的に広がってくれて今の筆者の立ち位置があると感じます。出会った恩師や仲間のおかげと感謝します。という訳で、次回以降、今のビジネスに関連することを、気ままに思うまま文字に起こしてブログなるものを繋いでいきたいと思います。乞うご期待!と言いたいところですが、ご期待にそえるかどうか?ひとまずは引き続きお付き合いください。

【参考文献】
K. Higuchi、 Y. Shimoishi、 H. Miyata、 K. Toei、 Chem. Lett.、 10、 711(1981).
K. Higuchi、 Y. Shimoishi、 H. Miyata、 K. Toei、 Bull. Chem. Soc. Jpn.55、 621(1982).


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